はむらぼの音楽講座 CD視聴室

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「はむらぼ」のCD視聴室

このコーナーは、「はむらぼ」が普段聴いているCDをご紹介するコーナー。必ずしも新譜ばかりではありませんが、何を聴いているかで、その時その時の気分もわかるかもしれませんね(笑)。

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I.ストラヴィンスキー「春の祭典(4手ピアノ版)」

●ファジル・サイ(ピアノ/多重録音)

 コメント

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(2000/8/7)

TELDEC 8573−81041−2(輸入盤/Enhanced CD)

■ 夢のディスクを手にしたら。ファジル・サイのピアノ版「春の祭典」

一体これは何事かっ! どう考えても尋常じゃない。こんなCDが世に出てしまうとは。ピアノ一台で大オーケストラの音楽を表現できたらどんなにすごいだろうかと夢見た少年たちはどれほどいるか。無数。そして、それを実現してしまったのは誰か。ファジル・サイ。歴史的ヴィルトゥオーゾたちも果敢に白黒の鍵盤を操り空想の色彩音響空間を築き上げようとしたが、こんにち只今現時点、多重録音を使うことを躊躇する理などなにもない。ステージをドロップアウトしたグレン・グールドが「マイスタージンガー」前奏曲で3本目の腕を使ったのも昔の話。なぜ一人で四手ピアノ版を多重録音してはいけない? いや、四手に留まらない。時には手は六本になり、八本になり、十本になる。おまえは千手観音かっ! さらには畏れを知らぬ勇者は様々なピアノの内部奏法をも敢行し、オーケストラ的な音響効果を再現する。70年生まれの若いトルコのピアニストはそうやって、バカバカしい夢のようなピアノ版「春の祭典」を実現してしまった。クレイジーっていうのはこういうことなんじゃないか。  以前、この欄でサイのデビュー盤のモーツァルトを取り上げた(絶対スゴいピアニストだと思ったんだよなー、というのはありがちな自己満足)。抱いたのはそのときと同じ感想。箱庭職人だ、こいつは。精緻さへの情熱は内側に向かい、モーツァルトはおろか、「春の祭典」まで逆オーケストレーションしてしまった。まるで透明で精巧なガラス細工。思わぬ形に還元された歴史的問題作はその複雑さと先鋭性を顕わにし、エキゾティシズムで空気を充満させる。マイクが拾うピアニストの唸り声。歌もテクニックもユーモアもある。  ああ、息苦しい。  共感してくれるか、理解してくれるか、この「息苦しい」という感覚を。こんな憧れそのもののような音楽がこの世に現れてしまったなんて。明日からどうすればいい、何を夢想すればいい。聴き終えてあっけにとられ、所在無くCDのブックレットをパラパラとめくれば、優れたアートワークの中に垣間見えるファジル・サイの顔。一瞬、こちらに視線を投げかけニヤリと笑った。悪魔め。 (00/08/07)

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